• Making of Shooting

     左:ヘアメイクをスタート。写真はヘアテックアーティストの田中勇輝さんとメイクの栢木進さん。
    中央:今回のライティング。3D撮影と言っても特別なライティング機材を使うわけではない。
    右:現場でライトの位置を微調整するフォトグラファーの鈴木崇史さん。
    モニタをチェックするのは3Dプロデューサーの榎戸理人さん(Lucent Pictures Entertainment)。
  •  3D撮影はカメラとそのセッティングが重要なポイント。まず同じカメラを2台用意し(カメラはキヤノンEOS 5D MarkII)、1台はモデル側、もう1台はそれとほぼ直角にセッティングする。2台のカメラ光軸の接点に、透過率(反射率)50%のハーフミラーを45度の角度で置く。これで実質的なカメラ間の距離を0にできる。そこからメディアや目的に合わせた視差をつける、というもの。
    言葉で言う程簡単ではなく、これはルーセント・ピクチャーズエンタテインメントが専用のソフトを開発しているから実現できているのだ(撮影時はベータ版)。
  •  3Dテレビに映るライブビューを見ながら、撮影が可能。
    そのためスタッフは3Dメガネをかけて、立体感を確認しながら、ライティング、アングル、ポージングを決めていく。
  •  ヘアースタイル、手の位置など、どのようにすればよりリアルで立体感の出るカットが撮れるか、試行錯誤しながら撮影する。
    最終的には2台のカメラの画像データを、レタッチャーの福岡修さんがレタッチして仕上げた。
3Dが写しだす"写真"の真相
今村亮(エディトリアル・ディレクター)


3D撮影との本格的な出合いは、約2年前。『xross magazine』で3Dテクニカルチームとして参加したルーセントピクチャーズでの一室でした。当時、映画『アバター』や『不思議の国のアリス』が話題となっており、3Dと聞いてイメージしたのは、そういった映画作品でした。

しかし、実際に見たのは高解像度3Dスチール写真。とんでもなく高精細でどこまでもズームできてしまうのは驚きでしたが、それが商品レベルで扱えるかどうかには懐疑的でした。なぜなら、映像の方が迫力が出しやすく、先述した2作品もファンタジーというジャンルでの作品でした。 3Dの特性としては、この世界にないものをあるように表現するのは得意ですが、リアルなものをよりリアルにするのは困難です(リアルなものは誰もが知ってしまっているため)。

ところが、眺めている間にあることに気が付きました。それはスチールだからこそ見えてくる文脈です。映像では、次々にシーンが切り替わり、スクリーン全体を何かしらが動きまわっています。これによって映像の細部を気にさせずにストーリー展開が可能です。

静止画の場合は、その細部が重要になってきます。写真を眺めれば眺めるほど、いろいろな想像力が膨らみます。本来"動き"によって展開する物語を、"静止"によって見る側に物語をつくらせるのです。これは、デジタルによって映像記録全盛になった現在においても、写真がなお重宝されることと通じています。高解像度3D表現による圧倒的なリアリティは、見る者と被写体の新しい関係性を引き出します。

これは、新しいことでもなんでもなく、中世の絵画や1800年代にカメラができた頃の本質的な"喜び"と同種のような気がしています。映像は撮影当時の記憶をそのまま記録しますが、写真はぼんやりと当時を思い出させ、見る者にとっての感情と絡み合いながら記憶を想起させます。被写体との関係、現場の匂い、写真に関連する別の誰か、など...。

今回の『xross magazine』に関わった面々は、『IQUEEN』という高解像度3D&ヴィジュアルマガジンの制作を手がけていますが、その基本コンセプトは、「想像力の再起動」です。『xross magazine』ではヘアのディテールを最大限活かした撮影を試みましたが、それはヘアの美しさやリアリティを追求すると同時に、見る者の五感を触発する意味もあります。 スチール3D表現は、写真が持つ原理的な"喜び"を再発見させてくれます。

いまむら・りょう
株式会社ASOBOTエディトリアル・ディレクター。「GENERATION TIMES」や、ファッション誌の編集、シブヤ大学の運営、TV番組の制作、宮崎あおいのHPディレクションやフォトエッセイ「祈り」、写真集「光」を手掛けている。
3Dヘアショットに見る「実感力」
田中勇輝(ヘアテックアーティスト)


高精細な3Dビジュアルの作品は、2010年の後半に紙媒体(『コマーシャル・フォト』)で3D表現の作品を発表していました。その作品制作が3Dとの出合いだったわけですが、一度本格的に取り組んでみると、3Dが新たな表現への可能性を秘めていることを確信するまでに時間はかかりませんでした。

3Dがビューティに特化した表現の一つになることは明白で、そのビューティ表現の可能性にワクワクしたことを思い出します。また取り組んで行くに従い、この表現は今までの写真の表現とはまったく違うもので、新しい分野だということを実感し、それを通しての創作活動のモチベーションはあらゆる創作の原点を変えてくれるものでした。

ビューティへの可能性。それはビューティ広告を展開する上での大きな目的として"実感"が上げられると思います。2D上での"実感"の植え付けは非常に困難を極めるものでした。綺麗すぎてもNG! 勿論、綺麗でないものは、論外です。近年のレタッチ技術に頼らざるを得ない広告業界の事情を痛烈に批判したDOVEの企業CFがカンヌを取った事がきっかけになって、大手のメーカーが過度なリタッチを嫌い、アーティフィシャルな表現からナチュラルな表現に移行しているのが、現在のグローバル・スタンダードです。

この背景に存在する目的と目標とは、ビューティ広告のバックボーンのひとつといっても過言ではない"実感"の訴求がキーのはず。その"実感"=リアルを擬似的に体験させてくれるものが3Dビューティ表現だと思い、トライした結果、いろいろな角度から今後の課題が見えてきました。しかし、撮影現場での問題は特に無く、コンセプトさえしっかりできていれば通常の撮影と同じようなプロセスで進めるはずです。 紙媒体になったときの印象ですが、何しろ初めての試みだった事もあって、課題は残ります。やはりデジタルツールを通しての表現が主流になってくるような気がしています。

今後の課題として大きいのは3D撮影に不可欠なリグのコンパクト化と機動性(フットワーク性)。いずれにしても、さらなるテストによりアップデートは加速度的に進んでいくでしょう。高いクオリティのビジュアルは制作できますが、さらなる機能性と機動性の強化で、よりバリエーション豊富なクリエイティブが可能になります。

今後の期待としては、ムービー表現の充実と、それを安価で撮影できるようになることです。それは先述したスチールカメラのアップデートと関係していることですが。制作側の進化はもちろんのこと、まずは広く一般に認知してもらうことに期待しています。

また3Dはいわゆる"シズル"表現に非常に適しているはずです。髪の表現をフィルターに、紐解いてみると、今までの2Dビューティ表現は"すっごっく!綺麗!!な髪!"であり、"実感"までの到達が難しかったのが、3Dビューティ表現だと、"触れたくなるような髪"、すなわち"実感"につながる表現の可能性を感じました。

その3Dビューティ表現の可能性に広告の未来があるのではと感じています。それが動画として広く見てもらえる環境作りがキーになってくるはずなので、そのインフラが整い、広く認知してもらうことで3D表現のステージが上がる日が早く来ることに期待しています。

たなか・ゆうき
世界有数のヘアテック(撮影時のビューティヘア表現の特殊技術)。ヘアメイクとしてP&Gや、ユニリーバなどのヘアケア広告を手掛ける。LUXのハリウッドスターを起用した広告を15年以上に渡り担当。近年、中国でも更なる活動の場を広げている。
3Dレタッチソフトの充実に期待
福岡 修(レタッチャー)


3D写真をレタッチする際、L画像、R画像の2枚の写真を同じように仕上げていかなければ、3Dとして見た時に破綻が生じてしまいます。そこが一番の難題点で、その解決策を見つけるのに苦労しました。

現状では数段階の手順をおって2枚それぞれを処理しているので、とても時間がかかってしまいます。2Dのレタッチの様に感覚的に処理していくことはとても難しいのです。正直なところ修正しきれない部分もあります。ただそういう制限の中で写真をより良くしていく作業はレタッチャーとしてはとてもやりがいのあることですので、携われてとても嬉しく思っています。

今後はレタッチャーの観点から3D写真の見せ方を提案できるように、自分自身の経験を積んでいきたいと思っています。ソフト面の技術向上にも期待しています。2枚同時に感覚的に処理できるようになれば、表現の幅がとても広がると思います。

まずは2Dと同じように作業できるということが目標になると思うのですが、その中で3Dならではの表現を見つけていきたいです。

ふくおか・おさむ
有限会社アルファローブの代表取締役。人物・風景・製品等、幅広い分野のレタッチ技術で多くの広告を手がけ、クオリティを高める細やかな作業とともにイメージを構築する感覚にも定評がある。
3Dを意識せず「良い写真」を撮ることに集中
鈴木崇史(フォトグラファー)


3Dカメラを使っての撮影で、最も注意した点は「2Dとしても良い写真を撮る」という事でした。確かに奥行きを感じさせることの出来る3D表現は、そこに「在る」という事を印象づける手段としては優れたものだと思います。

ただそれを意識するあまり、そもそもの表現がおろそかになってしまっては元も子もないと考えたからです。そういった意味で、今回のアプローチのしかたは2D的な、誤解を恐れずに言えば、従来のやりかたで撮影したとも言えるかもしれません。

3D表現は、今後経験値が積み重なっていくことで(送り手だけでなく受け手も含めて)、独自の表現が生まれてくると思いますが、現状は試行錯誤を繰り返している段階だと思います。

一つ面白かったのは、撮影中にメイクを直してもらっている時、モニタに映し出されたままになっているモデルの姿が異様なほどリアルに見えたことでした。 構えていない自然な動きを3Dカメラで、そして動画で見ると、想像以上にリアルに見えたことが驚きでした。
そういう意味では日常を追った、いわゆるドキュメントものの映像も、3D表現に合う気がします。

今後も2D、3D問わず、「何が人を感動させるのか」を、追求していきたいです。

すずき・たかし
株式会社ヴィーダにて、ヘアプロダクトなどの「物」の撮影を担当しているフォトグラファー。どのような光が当たればそのパッケージデザインを美しく見せられるかを計算し、撮影する姿勢には高い評価がある。